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インターネットとテレビ

私は、ニュースはネットで見たり読んだりしている。
テレビや新聞は、全くといっていいほど見ていないし、読んでいない。

テレビの報道については、その恣意的報道にうんざりして、見るのを止め、そしてテレビを廃棄した。
テレビ報道の恣意性に気付いたのが、2002年のワールドカップだった。
じつは、メディア不信はこれがきっかけという人は結構いるみたい。

そういうこともあって、私は、ネットでニュースを見ているとき、あることに注意している。
それは、報道の仕方である。
ネットで見ているニュースを、メディア(地上波テレビや大手新聞)がどう報道しているのか、あるいは、一切報道していないのか、という点である。
但し、このことは、テレビのない自分には確認できないため、ネット上の意見を参考にしているのだが。

例えば、加計学園。
先日、ネットで、国会閉会中審議(参議院)での青山繁晴議員による質疑を見た。
前愛媛県知事の加戸さんという方が参考人としていらっしゃっていて、質疑に答えていた。
最後に、加戸参考人はこう仰っていた。
「たくさん今まで私のところに取材がありましたけれども、都合のいいことはカットされて、私の申しあげたいことを取り上げていただいたメディアは極めて少なかったことを残念に思います。あのYouTubeが全てを語り尽くしているのではないかなと思います。」
あのYouTubeとは、YouTubeにアップされた6月13日の国家戦略特区諮問会議の民間有識者の委員の記者会見のことで、人に知らされて、それを見たとのことです。

ま、私も、この国会について、一部のみを取り上げていますので、気になる人は、参議院のインターネット審議中継、YoutTubeやニコニコ動画で見てください。

というように、メディアが都合のいいことは報道しないという。
これが恣意性、報道しない自由である。

なぜ伝えないのかといえば、それは、伝えてしまうと本当のことを国民が知ってしまい、そうすると、伝える側である報道機関あるいはその裏にいる誰かが実現したいことを阻むことになるからである。
つまり、本当のこと大切なことを伝えてしまうと、報道機関やその裏にいる者が考えている方向に、国民を情報操作・世論誘導ができないので、伝えないのである。
メディアが報道機関と思うのは単純で、情報操作、世論誘導をする工作機関だと思った方がいいと思う。
では、国民を情報操作して実現したいことは何かといえば、安倍内閣倒閣だと、私は思っている。

実は、ネットのおかげで、こういうことが私にすら分かるようになってきたのである。

一方、気をつけなければならないのは、ネットでも工作活動が行われているということである。
誰でもアップや配信できるネットの方が、情報は玉石混交だし、工作をしやすいと思われる。


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